北海道の手づくり天然酵母パンのみせ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
うーん。三連休ですね。
北海道もすこーしずつ涼しくなって参りました。
台風も近づいてるようですしね。
で。昨日は、結婚式でした。
お知り合いのカレーバカ(笑)T社長が
12歳年下のかっわい〜〜〜〜いお嫁さんをもらったのです。
そりゃー犯罪だよッ
と、いじめてました。わはははは。
そーいや、北海道じゃらんの編集長ヒロ中田さんもいらしてましたね〜♪
こうぼん@シャイなのでとーくから熱い視線を送ってましたが、
気づかれなかった模様です(笑)
そりゃそーかぁー( ^.^)( -.-)( _ _)
あぁぁあぁ(; ;)ホロホロ
愛が足りないわああ・・・・・・
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
うーん。三連休ですね。
北海道もすこーしずつ涼しくなって参りました。
台風も近づいてるようですしね。
で。昨日は、結婚式でした。
お知り合いのカレーバカ(笑)T社長が
12歳年下のかっわい〜〜〜〜いお嫁さんをもらったのです。
そりゃー犯罪だよッ
と、いじめてました。わはははは。
そーいや、北海道じゃらんの編集長ヒロ中田さんもいらしてましたね〜♪
こうぼん@シャイなのでとーくから熱い視線を送ってましたが、
気づかれなかった模様です(笑)
そりゃそーかぁー( ^.^)( -.-)( _ _)
あぁぁあぁ(; ;)ホロホロ
愛が足りないわああ・・・・・・
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
北海道の手づくり天然酵母パンのみせ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
驚き 桃の木 安部政権
てゆーかさ。
あんまりにも突然すぎではないですか。
職責を賭して・・・・・・・・・・・・って賭したわりには、
あっけない幕引きだなあ???
なんて。
ひねくれすぎかしら。
ひねくれついでにもう一つ。
これ以上ぼろが出ないよーに
強制的に終了したんじゃないだろーなあぁ???
なんかまだまだ隠してること・明るみに出たら困ることがあって
それがばれる前にバックレたんじゃないの?
なんて疑いたくなっちゃうのよねえ〜〜〜。。。。。
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
驚き 桃の木 安部政権
てゆーかさ。
あんまりにも突然すぎではないですか。
職責を賭して・・・・・・・・・・・・って賭したわりには、
あっけない幕引きだなあ???
なんて。
ひねくれすぎかしら。
ひねくれついでにもう一つ。
これ以上ぼろが出ないよーに
強制的に終了したんじゃないだろーなあぁ???
なんかまだまだ隠してること・明るみに出たら困ることがあって
それがばれる前にバックレたんじゃないの?
なんて疑いたくなっちゃうのよねえ〜〜〜。。。。。
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
北海道の手づくり天然酵母パンのみせ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
まー気が向いたときに知識をひけらかしております(笑)
で、前回の札幌『小麦はじめて物語』は覚えてる?
ケプロンに推奨されて全道に広まった小麦ですが、
品質がよい事が判明して、明治6年水車器械所の
二階を官営の製粉所としました。
でもねーなんとアホなことに
製材と製粉を一緒に作ったので、失敗。
そらぁ〜〜〜そうよね。木くずの混ざった小麦(苦笑)
使えな〜〜〜〜いぃッ!!
てなわけで。
その後明治9年に南1東3に磨粉機械所を作りました。
さらに、18年には北1東1付近に蒸気機関連動ロール
製粉の35馬力の近代製粉所を日本最初に建てました。
北海道、なかなか最先端を行ってたんですね。
次の年には民間に払い下げられてますけど。
(早いッすね)
後藤半七・岡田佐助・谷吉三らに払い下げられ、
札幌製粉所となり、28年後藤製粉所と改称。
35年札幌製粉会社に買収され、最終的には大正9年に
日本製粉に併合されたんですねー。
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake.
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
まー気が向いたときに知識をひけらかしております(笑)
で、前回の札幌『小麦はじめて物語』は覚えてる?
ケプロンに推奨されて全道に広まった小麦ですが、
品質がよい事が判明して、明治6年水車器械所の
二階を官営の製粉所としました。
でもねーなんとアホなことに
製材と製粉を一緒に作ったので、失敗。
そらぁ〜〜〜そうよね。木くずの混ざった小麦(苦笑)
使えな〜〜〜〜いぃッ!!
てなわけで。
その後明治9年に南1東3に磨粉機械所を作りました。
さらに、18年には北1東1付近に蒸気機関連動ロール
製粉の35馬力の近代製粉所を日本最初に建てました。
北海道、なかなか最先端を行ってたんですね。
次の年には民間に払い下げられてますけど。
(早いッすね)
後藤半七・岡田佐助・谷吉三らに払い下げられ、
札幌製粉所となり、28年後藤製粉所と改称。
35年札幌製粉会社に買収され、最終的には大正9年に
日本製粉に併合されたんですねー。
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake.
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
北海道の手づくり天然酵母パンのみせ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
突然ですが、札幌の『小麦はじめて物語』
ご存じですか〜〜〜?
なーんて。知るわけ無いかァ・・・・
北海道開拓使次官・黒田清隆さんの名前は
聞いたことがあるでしょう?
彼が、明治4年、わざわざ渡米してグラント大統領に乞い、
開拓顧問として招聘したのが、ケプロンだったワケです。
先進国の技術を導入して開拓を進めようとしたんですね〜。
そんなケプロンさん。
北海道には稲作が向かないから、と言うことで小麦を栽培して
パン食にしなさい〜〜と進めたのが小麦栽培の始まりです。
以後全道で小麦が作られるようになったワケなんですけど、
道産小麦は他府県のものに比べて良質で、種皮薄く、製粉
歩合が高く、硬質でグルテン含量も高かったと言われていま
す。
まあ・・・・・・・そうは言っても、ご存じの通り、
今じゃ稲作もされてますけどね。
技術の進歩って凄いですね♪
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
突然ですが、札幌の『小麦はじめて物語』
ご存じですか〜〜〜?
なーんて。知るわけ無いかァ・・・・
北海道開拓使次官・黒田清隆さんの名前は
聞いたことがあるでしょう?
彼が、明治4年、わざわざ渡米してグラント大統領に乞い、
開拓顧問として招聘したのが、ケプロンだったワケです。
先進国の技術を導入して開拓を進めようとしたんですね〜。
そんなケプロンさん。
北海道には稲作が向かないから、と言うことで小麦を栽培して
パン食にしなさい〜〜と進めたのが小麦栽培の始まりです。
以後全道で小麦が作られるようになったワケなんですけど、
道産小麦は他府県のものに比べて良質で、種皮薄く、製粉
歩合が高く、硬質でグルテン含量も高かったと言われていま
す。
まあ・・・・・・・そうは言っても、ご存じの通り、
今じゃ稲作もされてますけどね。
技術の進歩って凄いですね♪
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
北海道の手づくり天然酵母パンのみせ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
パンを焼くとき、小麦粉を手でこねるのを「練り込み」と言います。
パンのおいしさはこの『練り込み』によって決まりますが、
菅野久次郎という人は、腕や肩が鍛えられていたらしく、
力自慢の大工と腕相撲をしても負けたことがなかったそうです。
う〜〜〜〜ん。
伝説ですね。
とは言え、菅野氏が開業した大正3年頃は、パン屋はまだマキ釜でした。
だからパン屋の朝一番の仕事は、ぬぁんと薪割り。
今じゃ、考えられないかもしれません。
しかも、このマキ釜、火力を一定に保つコツをつかむまでが
一苦労だったようです。
そしてパン種。
このころは、じゃがいもを煮てよくすりつぶして、これにホップスを加え、
発酵させて食パンをふくらませていました。
因みに、この菅野さんの木村屋から分かれたのが、石山の『木村屋製パン』
大正期に活躍したパン屋は、ほぼこの2軒だったと言います。
さて。木村清次郎・・・・・・・・・どこに消えたんだろう???
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ
e-Satakeネット担当こうぼんです(^^)
パンを焼くとき、小麦粉を手でこねるのを「練り込み」と言います。
パンのおいしさはこの『練り込み』によって決まりますが、
菅野久次郎という人は、腕や肩が鍛えられていたらしく、
力自慢の大工と腕相撲をしても負けたことがなかったそうです。
う〜〜〜〜ん。
伝説ですね。
とは言え、菅野氏が開業した大正3年頃は、パン屋はまだマキ釜でした。
だからパン屋の朝一番の仕事は、ぬぁんと薪割り。
今じゃ、考えられないかもしれません。
しかも、このマキ釜、火力を一定に保つコツをつかむまでが
一苦労だったようです。
そしてパン種。
このころは、じゃがいもを煮てよくすりつぶして、これにホップスを加え、
発酵させて食パンをふくらませていました。
因みに、この菅野さんの木村屋から分かれたのが、石山の『木村屋製パン』
大正期に活躍したパン屋は、ほぼこの2軒だったと言います。
さて。木村清次郎・・・・・・・・・どこに消えたんだろう???
そんな、佐竹さんちのHP→手づくり天然酵母パンのみせe-Satake
そんなこうぼんを応援してね(><)
人気blogランキングへ





